寝坊する豆腐屋、独逸語をしらない医者

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α9 ULTRON 21mm F1.8 Aspherical

紅葉の季節はとっくに終わりましたが、このままHDDの肥やしになるのも口惜しい。
いつもの与太話と組み合わせて無理やり公開します。

今回は、カルテはドイツ語で書くのか?というはなし。
年配の方はドイツ語だと思ってる方が実に多い。

これに対して僕の返事は「日本語で書いてます」
すると、質問した人は明らかに当惑したような、がっかりしたような感じになります。

何だか僕も申し訳ない感じ。気持ちはわかるんです、
例えば豆腐屋さんは早起きだと思ってるし、そうあってほしい。

朝3時くらいから、手が切れそうに冷たい水につかった豆腐を取り出したり、
ラッパを吹きながら自転車で町内を回ってほしいわけです。

知り合いに御高齢の豆腐屋さんがいまして、毎朝早くて大変ですね、
何時くらいに起きるんですか、と聞いてみたら「朝は6時くらいですね」

俺のほうが早起きじゃん!なんだかがっかりしました。

中学の同級生にヨット乗りがいまして、彼が言うにはあえて船乗りっぽい恰好は
避けるんだそうです。青いボーダーのシャツなんて着ると、仲間に

「おっ、海の男かい?」

なんて冷やかされるんだそうで。我々が日頃イメージしてるステレオタイプな人々は、
実はどこにもいないのかもしれません。
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医療の現場にはドイツ語が溢れてます。一番身近なカルテにはじまり
ヘルツ(Herz心臓)、マーゲン(Magen胃)、ブルート(Blut血液)などなど。

医者同士の会話でも食事はエッセン、指導医はオーベン、学位はティーテル…。

たぶん、たいていの病院では白血球のことをワイセ(Weiße Blutzelle)と言ってるし、
聴診器のことはステトないしステート(Stethoskop)と呼んでます。

でも正しい綴りもしらないし、ドイツ語であることすら知らないかもしれません。
単に先輩が言ってるのをマネしてたり、ちょっと気取ったり。

でなければ、胃に入れるカテーテルのことを「マーゲンチューブ」なんて言わないはず。
マーゲンゾンデないしガストリックチューブだと思う。僕は意固地に「胃管」と呼んでます。

カルテに書くのが簡単だから…というのもある。「褥瘡」なんてやたら画数が多い字を
書くより「Decubitus」のほうが楽ですからね。

クレブス(Klebsがん)、ステルベン(Sterben死ぬ)など、人前で言いたくない言葉も
よく使われます。
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ときには医者同士でも通じないことがあります。僕が麻酔をしているときに
女医さんが話しかけてきまして「ロカールは何を使ったんですか」

僕は何のことかわからず「…あのう、ろかーるって何ですか?」

すると女医さんは怪訝そうに「局麻ですよ、何を使われたんです?」
そこでやっと局所麻酔薬Local anestheticと合点がいきました。

しかしロカールって…確かにドイツ語だとそういう発音になるんでしょうけど。

もっと馬鹿馬鹿しい例では、オラールとアナールですね。
消化器外科で初めてこれを聞いたときは衝撃だった。

消化管は切り出すと、ただの管になって、前も後ろもわかりません。

そこで、口に近いほうを口側(こうそく)、お尻に近いほうを肛門側と表現するわけです。
これをオラール側、アナール側というプレゼンをするベテランの医者がいまして((汗))

いい年をした大人がお真面目な顔で「アナール」とか言ってると
かなり脱力です。聞いてるこっちの身にもなってほしい。
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韓国のお医者さんから言われて印象に残ってるのは、日本は母国語の
良質な教科書がたくさんあって羨ましい、と。(これは複数人から聞いた)

韓国はほとんど英語だそうです。杉田玄白、前野良沢らの
「ターヘルアナトミア」翻訳以来、脈々と続く偉大な先人の努力に感謝です。

ところで、ターヘルアナトミアの原著はドイツ語です。

玄白・良沢はオランダ語訳版を手にしていたようです。
ドイツ医学が日本に導入されるのは明治2年の太政官会議での決定によるもの。

実際にはすでにイギリス医学の授業が始まっていました。
これをひっくり返して、ドイツ医学を導入するにあたっては、佐賀藩医だった
相良知安の働きが大きかったといわれています。

 相良知安の生涯

色々調べていくと、大河ドラマが作れそうなくらい波乱万丈の人生。
そのキャラクターも強烈…。
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書いてて、だんだん思い出してきましたけど、胃レントゲン写真の所見として

schatten plus im schattenminus(欠損陰影の中の突出陰影)

なんてドイツ語の文節そのものが医学用語になってるのもあったなあ。

ドイツからの交換留学生を交えての授業中、ある教官がこの例を挙げて、
日本人医師にとっていかにドイツ語が身近なものかを熱弁したのです。

しかしドイツ人の彼には全く通じない(汗)
教官はやや必死にシャッテンプルス!シャッテンミヌス!と連呼。

そのうちドイツ人の彼が困ったような顔で
「僕にかまわず、どうぞ授業を続けてください」

とてもきれいな英語でそう言ったのです…。
やっぱりアナールとか言ってちゃダメなのね。

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コメント

No title

センセ、こんにちは。
ついに翡翠の話題も尽きましたかね(^^;)
でも我々素人には、なかなか興味深い記事でしたよ、妙に納得しちゃいました。
普段何気なく思っていることと現実とは、随分違うんですよね。
あ、でもね、大半のお医者様は字が下手くそ、というのは当たっているみたいです(医者を目の間にして何と失礼な!)(^^;)

で、セブンを軽にしたことについては、まだ後悔していませんか?

No title

似た話が以前長徳さんのブログに載ってまして、
「一般の人はパイロットはブライトリングの腕時計を身につけていると思いこんでいるが、あれはファーストクラスに乗り込んでくる乗客が身についていて、パイロットはむしろスウォッチなんか腕にはめている。」
のだそうです。
確かに一般人のイメージと実態とは異なることがありますね。

ライツ・ライカやツアイスを絶対視する一部の写真愛愛好家の人たちもドイツ語で会話します。
「クーキカーン」とか「リタイカーン」という用語(人名?)が飛び交うことがしばしばあります (-_-;)

Re: No title

だっくさん

字が汚いことについては以前だっくさんが言っていたことがピタリですよ。
つまり、誰かに分かってもらおうという気がない(笑)
それと理系人間の特徴でもあります。思考に書字が追い付かないといえば聞こえはいいですけど。
電子カルテになって、やっと汚い字を見なくて済むと思ったら、今度は略語と誤字脱字の嵐。
困ったもんです。
セブンは後悔も何も、実車が来るのは1年以上後なんです。その頃には忘れてるかもしれません(爆)

Re: No title

猿画堂さん

我々のイメージは「そうあってほしい」という願望の現れかもしれませんね。
あるいは広告代理店の陰謀か…。TVの失敗しない医者みたいに快刀乱麻を断つが如く
ビシビシ解決してほしいのですが、実際は地味なもんです。はい。
> 「クーキカーン」とか「リタイカーン」という用語(人名?)が飛び交うことがしばしばあります
これは可笑しかった!やはり最後の音節を伸ばすと言い易いんですかね。胃全摘のことをトタールという
医者は結構多いです。

こんばんは

おおっ、僕が少しだけ食いつける記事に辿り着きました。興味深く拝読させて頂きました。
パノラマ様は、カルテは日本語で書くのですか~それは素晴らしい~気取りがないですよね。
僕は医学用語は、ドイツ語を少々しか知りません。幼き頃、親父が大学の医局で働いて居た頃耳に飛び込んで来た言葉ばかりです。
でも、ドイツ語から来たクランケやテーベーと言った言葉は徐々に死語になりつつあります。
しかし、ドイツ語が語源となっている文語で現代に脈々と生き続ける言葉もあります。
例えば、「チアノーゼ」とか「ホルモン」または「ノイローゼ」や「ヒステリー」
「コラーゲン」なんて言葉は女性が1日に1回以上使う言葉ではないでしょうか?
「レントゲン」いかにもドイツ語らしい言葉ですが、これはドイツの物理学者の名前でした。
でも、現代医学においてはほとんど英語化されている、癌の事は「Cancerous」と言うらしい~
ドイツ語の「Krebs」の方が僕らにはピンと来るんですけど~(僕らって誰だ?)
実に寂しい事です~ドイツ語がどんどん消えて行くのは、カワセミがフィールドに来なくなるより寂しい~
ドイツは遠くなりにけり~されど「Deutschland ist großartig」

Re: こんばんは

TKNさん

こんばんは。気取りがないんじゃなく、日本語でしか書けないんですよ(笑)
英語で書いてる人もいますが、実際に英語圏の病院で書かれているそれとはかなり違う表現で
まあ一言でいえばルー大柴に近いです(爆)
テーベーはまだ現役ですよ!血色素濃度のHbもハーベーですし。逆にクランケはTVや小説でしか
見たことがなく、現場で使ってる人は…いるのかなあ?
僕が最も強烈な思い出として残ってるのは、がりがりに痩せた患者さんをみて、恩師が
やあ、ずいぶん痩せてるねえ。ライへみたいだ!といった時ですね。

No title

>これに対して僕の返事は「日本語で書いてます」
あぁぁ、僕もがっかりしました・・・
※今日のコラム面白かったです^^b

Re: No title

monopodさん

おはようございます。やっぱしそうだったですかね?
実は僕も子供の頃、親父から日本語だと聞いてちょっと意外に感じたんです。
会話の端々に出てくる医学用語はたいてい厳めしい横文字でしたから。
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